中部日中友好手をつなぐ会
戦争の犠牲者として中国残留を余儀なくされた中国残留孤児や婦人達の、帰国後の生活は予想以上に厳しく、とくに中高年になってからの日本語の習得・過酷な仕事・不安定な生活・地域社会からの疎外・文化習慣の不慣れ・子どもたちの教育問題など、日常生活には大きな問題が山積されています。中部日中友好手をつなぐ会はそういった方達や、日本に移住する外国人に対して、帰国援助・生活支援・日本語教育をはじめとする支援事業を行い、日中友好及び国際交流に寄与し、社会全体の利益に貢献する事を目的とした会です。 主に名古屋市南区・北区、岡崎市での日本語教室主催日本人としての戸籍と取り戻す作業の支援、中国に残されたままの人たちへの補助、生家などの墓に入ることを拒絶された残留孤児の人々の為に作った共同墓地(名古屋市八事)の管理を行っています。 アバンセでは会の皆さんと一緒にこうした支援のお手伝いをしています。
2007年の中国残留孤児対応グループホーム開設に向け一致団結!
現在愛知県下には3,000人以上の中国帰国者が住んでいますが、戦後50年以上過ぎた今、みなさん高齢になられ、婦人の平均年齢は75歳、9割以上の方が子供さんとは別居して日本語がわからない中国人のご主人と2人か、独り暮しです。また孤児だった人達も平均年齢は55歳を越えました。老後の問題は深刻となり、第一歩となるグループホームの開設を皆さん楽しみにしています。
2003年2月9日春節を祝って会員が集りました
若い人もご老人も楽しそうに語らいました
皆さん笑顔で集いました。子供達も一緒に中国語日本語入り混じっての会話です。
綺麗な歌声 子供達も参加です

日本舞踊のアトラクションですカラオケも用意され、中部善意銀行による余興の日舞の披露もありました。皆さん楽しんでいます。 でも・・・「今日参加された方達は良いけれど経済的理由などで今日ここに来られなかった人達のことが心配なんです。」とアバンセの林社長が話して下さいました。
2世3世の問題もあるそうです。日本語力が弱い彼らは、おりからの不景気と社会的偏見のため2割以上が失業、あとの2割以上の人達もパートやアルバイトなどの不安定な職に甘んじているそうです。

気の良い若者達は「日本は良いです」と話していました。
伊藤リキさん長年会のお世話をしていらした伊藤リキさんはご高齢、ご病身、にも拘わらず元気な声でご挨拶。長野県伊那谷の長岳寺の住職、日中友好手をつなぐ会の生みの親でもある山本慈昭さんのことなども話され「平和のために尽くしましょう」と締めくくられました。 (注 旧厚生省による中国残留孤児の身元捜しはこの日中友好手をつなぐ会から始まりました) 伊藤フサ子さん30年前に帰国なさった伊藤フサ子さんです。日本語も中国語も堪能な伊藤さんは帰国後ボランティアで後続帰国者のお世話をされてきました。敗戦の時まだ少女だった伊藤さんは略奪者の集団からやっとの思いで逃れ、「文化大革命」のときは、日本人だということで迫害されるという恐ろしい体験をなさったそうです。伊藤さんのような方達に支えられている会に皆さんもちょっと目を向けて下さい。