経済的支援策 国は検討急いで
読売新聞(2006年(平成18年)3月4日掲載)
中国残留邦人
中国残留邦人3人が国家賠償を求めた訴訟で、東京地裁は「中国残留邦人は他の戦争被害者と違う特性がある」とし、行政の支援策に特別な配慮が必要だと指摘した。
判決(2月15日)は、「国家賠償を認めるほどの違法はない」として、原告側の請求を棄却しながらも、「中国残留邦人が青少年期から長期間、日本社会から切り離され、日本語能力や習慣を身につけられなかったため、日本で収入を得る能力を失った」と認定した。
国が残留孤児(敗戦時に13歳未満)の訪日調査を始めたのは、日中国交正常化から9年後の1981年で、多くの孤児の帰国は、敗戦後30年以上もたってからだった。日本語や生活習慣を覚えるため、「中国帰国孤児定着促進センター」が84年に開かれたが、当時の日本語教育はわずか4か月(現在は約1年2か月)。敗戦時に13歳以上だった残留婦人らは、残留孤児とも区別され、センターに入所することすら出来なかった。
片言のあいさつ程度しか話せないままに自立を迫られれば、低収入の単純労働に就かざるを得ない。94年に支援策を法律で明文化した「中国残留邦人支援法」が成立したが、経済的な支援は、帰国費用や16万円の自立支度金の支給などにとどまった。帰国が遅れたために年金の納付期間が足りず、国民年金は満額受け取れていない。96年からは、特例で最低月額2万2000円は保証されるようになったが、老後の生活を支えるにはとても足りない。
また、残留邦人世帯の約6割は生活保護を受給しているが、働かずに日本語学校に通学しながらの受給は認められず、中国への里帰り中は受給が一時停止されるといった制約もあり、残留邦人には使いづらい面がある。
これまで国の経済支援が消極的だった背景には、「戦争被害者はほかにもおり、中国残留邦人だけ特別扱いは出来ない」という考えがある。だが、今回の判決が中国残留邦人の特殊性を認定したことは、国の考え方を見直すよう、司法が促したともいえる。
国会では昨年8月、与党プロジェクトチームが発足。残留邦人のための特別な給付金制度の創設など、新たな経済支援のあり方の検討を始めた。早ければ、今国会に中国残留邦人支援法の改正法案を提出したい考えだ。
2001年12月に提訴された今回の訴訟は、動かない行政に業を煮やした残留邦人3人が立ち上がったもので、3人は控訴し、今後も裁判を続ける。この訴訟を機に、02年以降、永住帰国しだ残留孤児の8割を超す約2100人が全国15の地裁に次々と集団訴訟を起こした。このうち、原告敗訴とした昨年7月の大阪地裁判決も、国の支援策の不十分さを指摘している。
残留邦入の平均年齢は66歳。国は、残留邦人が安心して老後を過ごせるよう、生活支援のあり方を真剣に考える必要がある。