社長のつぶやき

2019/03/01

『今月の一言』(2019/03/01) NEW

 千葉県野田市で小学4年の女の子が自宅浴室で死亡し、その両親が傷害の容疑で逮捕された事件は、連日報道や国会で取り上げられただけではなく、国連子どもの権利委員会からも児童虐待対策の強化が勧告されるまでの事態に至ったことは、みなさんもよくご存知ですね。この事件より1年数か月前の2017年8月、三重県四日市市のアパートで「就学不明」のブラジル国籍の女の子(6歳)が、ブラジル人の母親の内縁の夫でペルー国籍の男(37歳)から殴る蹴るの暴行を受けて死亡、その遺体がクーラーボックスに詰め込まれていた事件を覚えていらっしゃいますか。事件そのものを知らない日本人がほとんどで、亡くなっても何の関心も持たれず、スーッと通り過ぎていく空気のような存在が定住外国人なのでしょうね。

 同じ虐待死の事件で、なぜこれほどまでにマスコミの扱いが違うのか。行政側の不備を忖度してマスコミが意識的に日本の多文化共生の遅れを「見えない化」しているように思えます。事件が起きる毎に名前の後ろに「日系ブラジル人」と書くことで、外国人犯罪が増加しているように見せる手法と同じです。外国人犯罪は、多くが入管法上の罪で、日本人が犯す罪より統計的に少ないのです。高齢者の自動車事故と同じで、高齢化率40%の町で高齢者の事故が全件数の40%なんてあり得ないのに「急増」と書くのと同じ根っ子ですね。

 外国人子弟の教育の義務化は絶対要件ですが、亡くなった四日市市の女の子は不登校、母親も10歳の頃「いじめられた」と言って不就学、負の連鎖が当たり前の社会で起きた事件ですね。法務省によると、2017年12月末時点で日本国内に在留する0~18歳は28万1420人、5年前と比較し、約4万6000人増加しています。うち就学年齢であって就学していない「就学不明児」は約2割、昨年末成立した改正入管法には、家族帯同可能な「特定技能2号」が創設されており(政府はこれを「移民」としていない)、移民と称さず教育を受ける子どもたちが今後も増加することで、教育のセーフティネットから漏れる子どもたちの未来が案じられます。

 さて、私はこの原稿を岐阜県中津川市の別荘で書いています。と言っても250万円で買った中古ですが、昼間に修繕作業と草取り、夜は読書と書きものと、なかなか忙しい週末を過ごしています。この別荘地は、30年程前のまさにバブルの真っ盛りに開発されたところで、1988年から1993年に建設されたものがほとんどです。所有者の代が替わり、子どもの代はこんな田舎に関心もなく、来る人もほとんどいなくなり、30棟余りのうち今晩灯りが点っているのは、私ともう1軒のみです。今、名も知れぬ虫が一匹、私の目の前を散歩しています。私は考えました。虫は孤独を感じることはなさそうです。未来も過去も考えることはなさそうです。地球上の生物で、孤独、過去、未来を意識し、恐怖を感じたり、喜んだり、不安になったりするのは人間だけなのでしょうね。いつも心がさまよっています。この日、私は晩御飯の準備をしていて、大根を切ったり、ご飯を炊いたり、味噌だれを用意したり、一連の作業に没頭していると、今しか考えない、無心と言ってよい気持ちになっていました。音楽を聴く、仕事のことを考える、風呂に入る、瞑想する、一心に集中することで、余分な考えや感情が消え、未来も過去も考えず、孤独感もなく、満ち足りた気持ちで今という時が過ぎていくことに気が付きました。私は今、自ら選んで孤立・孤独を味わっています。そして、小さな虫と対峙していると、何とも言えないグロテスクなこの虫に同じ空間を共有している愛おしさを感じています。

 熟年離婚や生涯未婚率がどんどん増加していますね。この30年でともに3~4倍に増加しているといいます。「孤独を感じているか」という質問では、下のグラフのような調査結果も出ています。「あるがままの姿で自然に生きるのが最も幸せなんだよ。過去も未来も思い煩うことはないんだよ。」目の前の小さな虫が、あえて身を挺して教えてくれているような気がします。


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