社長のつぶやき

2018/03/05

『今月の一言』(2018/03/05)

 早いもので、私もあと少しで68歳、「古希(こき)(=70歳)」間近となりました。「古希」とは、唐の詩人・杜甫の詩「曲江」の一節「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」(酒代のつけは、私が普通行く所にはどこにでもある。しかし70年生きる人は古くから稀である)に由来しています。では、現代の70歳人口はどうでしょうか。平成30年で20歳になる人は約123万人、50歳が約180万人、そして70歳は216万人です(総務省統計局「人口推計」より)。つまり、現代で最も人口が多い年代が「古来稀なり」と言われる70歳人口層なのです。

 高齢者への公的サービス(敬老パス、公共施設の割引等)の多くが65歳から始まり「お年寄り」つまり社会での役割を終えた存在であることを実感させられるのが、私の年代なのです。

 2017年の経営者の平均年齢は59.3歳だそうです。とある商工会議所が、中小企業の経営者に対し事業承継に関するアンケートを行いました。「自分の代で廃業を考えている」21%、「会社や事業を譲渡(売却)しても良い」11%、そして半分近い43%の経営者が「後継者候補が決まっていない」と答えました。この結果から回答した経営者は、年金受給年齢あたりで自らの仕事人生に区切りをつけようとしていることが分かります。年齢と共に役割が減り周囲から期待されることもなく、ひそかに労働市場から退場していく。同じ経営者として、言い知れぬ寂寥感を感じます。

 私が関係する「のわみ相談所」に来所する人たちは「早く死にたい。死んでしまえばお金の心配もしなくていいし、今はもはや誰のため、何のために生きているのかも分からない。生活保護を受け迷惑をかけるだけの自分に耐えられない」と言います。年齢ではじき出し、役割ではじき出し、最後には高齢者施設に排除して「見えない化」していく日本社会。「外国人」「高齢者」「貧困者」は、社会の役に立てる場所はないのでしょうか?役割を持ち、頼られる人としての尊厳を持つことは許されないのでしょうか?

 一方で遠く離れた東アフリカのある村では、歴史的知見で分からないことを教えてくれる「知恵の宝庫」として、高齢者は地域の若者から尊敬されているといいます。コミュニティという混沌とした大家族、さらには村単位で様々な人たちが包摂的に村社会を維持しており、どんな人にも役割感、役立感があるそうです。

 当社で働く日系人従業員の皆さんは、ブラジルから逃げてきたのではなく日本社会から求められて来日しました。日本は少子化問題等でこれからも彼らの手を借りなければ成り立ちません。有識者らによる政策発信組織「日本創生会議」は40年後には半数の市町が人口減少で消滅するだろうと予測しています。現実に高度成長の30~40年前に造成した地方の工業団地の多くは過疎化が進み、人手不足にあえいでいます。小学校は統廃合され、耕作放棄地が増加し4割の土地が無駄に捨て去られているのです。

 しかし近年、田舎へ移住する日本人家族が話題になりました。あるリクルート出身者は親子4人、年収250万円の仕事に就きましたが年収800万円の時より心豊かに子育てに向き合い、子どもの進学は「地元の大学であれば費用面でも問題ない」そうです。障壁は様々ありますが、当社も日系人従業員に対し同じように地方の工業団地を中核に三世代同居の実証実験を始めています。これからは今まで以上に共生が進んでいくことでしょう。

 これまでの30年で、日本の外国人受入れの姿勢は大きく変わりました。私が外国人従業員の派遣事業を始めた当時は顔立ちが日本人と異なることを理由にアパートは借りることができず、入居できても回覧板は素通り、地域の人が目線を合わせてくれることもありませんでした。職場でも同様です。外国人に雇入れ検診が必要なのか聞かれ、下請工場では、元請け企業の視察の間は食堂等別場所で待機、終了後に職場に戻ることもありました。

 新たな歴史を創る事業モデルも始まり、当社はこれからも「日系外国人の人権回復と日本社会とのパートナーシップ」の架け橋としての歩を進めていきます。私も経営者、そして「アクティブシニア」の一員としてより一層、邁進したいと思います。

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