社長のつぶやき

2016/07/01

『今月の一言』(2016/07/01)

 6月21日付で舛添要一氏は東京都知事を辞職しました。
その前日、残務整理のため登庁したそうですが、都知事として最後の日の登庁予定はなかったようです。
先月までの舛添氏は自信満々でしたね。政党交付金がジャブジャブにあり、その金は使途が制限されない。政治活動だと主張すれば、どんなことに使っても許されるお金だと国会議員時代に経験した舛添氏らしい「違法なことはやっていない。全てルールに則って処理している」という言葉に言い尽くされています。

 政党交付金は、政治目的に即して交付される現金給付で、これを受けるものは一定の公法上の義務を負担し、一定の監督に服さねばならないとされていますが、それを厳格に守らねばと考える議員を私は聞いたことがありません。国会議員時代と同じことをしただけなのに糾弾されることへの戸惑いが彼の顔に出ていましたね。
彼が手にした資金・資産を資金管理団体解散時に返済する義務はなく、使途についての報告義務もない。舛添氏が「自分が負けるわけがない」と思ったのも、ある意味当然でしょうね。
それならば、わざわざグレーゾーンを放置せず、ザル法と言われる政治資金規正法を今こそ変えるチャンス、透明性の高い制度にしようと議員のみなさんが考えても当然なのに、声を上げる議員はいませんでしたね。
この金は税金です。企業は、助成金をいただくと1円まで使途を明確にして、目的外使用があれば全額返金します。それと比較すると自らの既得権にいかに大甘なことか。

 当社のグループ会社、アバンセライフサポートが運営する老人施設「グループホーム大地」のある長野県下伊那郡阿智村のすぐ隣の泰阜(やすおか)村は、村長が一大決意、寿命が来て人生の終着駅が近づいた人に過剰な医療を施し、患者本人を苦しめ、尊厳を奪うことは自然の摂理に反するとして、「人間の終末期は医療ではなく、むしろ福祉ケアで対応すべきだ」と宣言したことにより、医療業界のみなさんは大反発、物議を醸したことを思い出します。
人口1,700人の泰阜村が次のように考えたのは、弱者が幸せ感を持って人生を全うするための究極の知恵なのでしょうね。

昭和60年の初め頃の村の保健や医療分野では、人は元気で長生きすることのみが素晴らしいというような考え方が主流であり、特に保健分野は検診に明け暮れ、「老化」「病気」や『死』からは少々目を背けるような傾向がありました。
しかし、網野医師から提起された『老いること、障害をもつこと、病気に罹る、死ぬことはさけられない』『老いに対して医療は限界』『高齢者を支え、救うのは福祉』が、泰阜村の保健福祉医療を大きく変えていくことになります。
誰でもが老い死んでいくという現実を認め、障害もありのまま受け入れること。その中で生きていく人としての価値を見出しながら、人生最後の重要な高齢期を村全体で支えること。それは当然住み慣れた自宅で迎えられることなどが在宅福祉事業をすすめる上での、当時の保健福祉医療スタッフ間の思いと確認事項でした。
(泰阜村ホームページ「在宅福祉事業推進のための確認事項」より)
 胃ろうの造設で年間500万円が必要です。床ずれの処置は、医療では1回9,000円以上がかかりますが、これを介護で行うと3,000円もしません。以前は、目薬や爪切りまで医療の領域で、介護者が関わってはいけない時代がありました。これも先ほどの政治家のみなさんと同じく(医療者の)既得権で、それを突き崩そうとした村民に、かねてから医療制度に矛盾を感じていた既得権側の医師が協力したことで大きな改革が成し遂げられたのでした。
泰阜村から恵那山を越えた岐阜県側に八百津町という町があります。八百津町には人道の丘に「命のビザ」で有名な杉原千畝氏の記念館があり、5月19日に八百津町長と岐阜県知事が、外交官杉原千畝の業績を称える関連資料を「ユネスコ世界記憶遺産」に登録するため、申請書を文部科学省に提出したとの記事が出ていました。

 以前私は日系ブラジル人の寮を建設したいと八百津町役場に相談したことを思い出しました。
町の窓口担当者から建築確認申請は出さないようにときつく言われ、引き上げましたが、もし日系ブラジル人が八百津町に住んで町民と摩擦を起こした場合、人道の町のブランドに影響することを担当者はひどく恐れていました。外国人が八百津町内の企業に勤めるのは良いが、住んでほしくないとの思いが痛いほど伝わってきました。
労働者は歓迎するが、生活者として関わりたくない町八百津町、知事や町長の思いを忖度し行動するヒラメ型行政職員、ここにも泰阜村の医師のような方が出てきてほしいですね。
既得権改革に踏み込めない国会議員、町内に住む高齢者の命に沿うことを第一に考えた泰阜村、首長の思いを推し量り、外国人を跳ね飛ばした八百津町、三者を見て、今さらながらリーダーの矜持はどうあるべきか考えさせられましたね。

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