林隆春の言いたい放題

2015/10/16

『今月の一言』(2015/10/16)

 昨年の半ば辺りから、みなさんもご承知のように、ブラジル経済は急速に悪化しています。
当社の山陰事業所を見ても、家族帯同の義務教育世代が100名余り、この数字は家族帯同を精一杯控えていただいた結果で、自由に来日した場合はこの2~3倍の数になっていたでしょう。
市場原理は欲望の満足度で決まりますね。

 今、毎日新聞紙をにぎわせているシリア難民数百万人が、日夜ヨーロッパ各地に流れ込んでいます。
入り口で拒否する国、パートナーとして受け入れる国もあれば、自国民が嫌がる下層労働を前提に受入れを考えている国もあり、実にさまざまです。
また、難民のみなさんも、自分たちの人生を託すに足る国家をしっかり見極め選んでいます。
まさに受入れ国の矜持(きょうじ)が問われた民族の大移動で、私たち外国人問題に関わる事業者にとって、こんなに興味のあるテーマはありません。

 丘から水を流すとどの沢筋を通って流れるのか。水が途中で土中に吸い込まれることもあり、岩の間を抜け、偶然の流れ、地形、思わぬ障害に左右されることもあります。
どこに辿り着くのか誰にも分からない面白さがありますね。
しかし、二つの現象の法則ははっきりしています。
一つは、親和性の高い土に吸い込まれていくこと。
そして二つ目は、必ず高いところから低いところに流れていくこと。当然の話ですね。
今回の難民のみなさんを見ていると、なぜフランスを敬遠し、ドイツに流れたのか。
EU28ヶ国でポーランド、チェコ、デンマークなどは、なぜ受入れそのものを反対したのか。
親和性と高低差、二つの原則を当てはめて分析してみると、面白い法則がたくさん見えてきます。
それをヨーロッパではなく、日本に当てはめてみましょう。
日本の受入れバリアがどこにあり、日本のどんな産業に親和性があるのかを時系列で考えると、私が事業を始めた30年前と現在とでは、求められているものが変わってきていることがよく分かります。


 日系人の受入れ動機、受入れ形態をSWOT分析で検証しましょう(図1)。
人手不足の労働力から始まり、現在はコストカットの労働力の時代、未来は日本語力が求められるが、適応スキルが育成されていないので賃金の上がることはない労働者層になっています。
だから、私は単純労働市場の日系人ビジネスは終わりが近いと申し上げたのです。

 後継者不足を理由に自主廃業する日本の中小企業は年間7万社にものぼり、この企業をたとえ1%でも外国人に事業承継できないものかと、関係機関に働きかけています。
そこには、高度人材、留学生、技能実習生が入っていきます。
私たちは、人材ビジネスを通して日本を元気にする会社を目指しています。


 図2は地価を示したものですが、見事に景気指数と一致しています。
地価は、地震のメカニズムとよく似ていると私は思っています。
記憶に新しいところで東日本大震災がありますが、このメカニズムをイメージして下さい。
地球の深いところにマントル層があり、そこに浮かんでいるのが大陸プレートです。
少しずつ移動しながら、海底プレートは陸地のプレートに潜り込んでいきます。
陸地のプレートは海のプレートに引きずり込まれまいと抵抗し、その境界部分で二つのプレートにゆがみが発生、時とともにゆがみは蓄積され、やがて蓄積されたゆがみが限界にきて耐えられなくなり、前の状況に戻ります。
このバネ現象が地震のメカニズムです。

 私は、経済も同じだと思っています。
1985年のプラザ合意以降の金融緩和が1990年のバブル崩壊を生みました。
2004年以降の不動産融資の異常ともいえる拡大がサブプライム問題を生みました。
そして、2015年現在、異常な金融緩和が始まっています。



 私たちそして日系人社会は、リーマンショック時筆舌に尽くし難いほどの辛酸をなめました。
そのときの苦しさを図3で表してみました。
正規労働者、自営業者を問わず、すべり台から降りるがごとく何のためらいもなく、スルスルと、あるいはストンと落ちていきました。
地域社会との関係性の弱い日系人にとって、雇用のセーフティネットはまさに命綱です。
その命綱がいかにもろかったことか、子どもを抱えた夫婦をリストラするときの忸怩たる思い、腸(はらわた)がちぎれるほどの無念さ今も思い出します。
我々の業界、そして当社は幼く、あの暴風雨、嵐を乗り切るためのノウハウや知恵を何も持っていませんでした。
それが図3です。
しかし、今は違います(図4)。
我々は辛酸をなめ、風雪に耐えることで鍛えられたのです。
不況時も、最長1年半位は耐えながら職業訓練で職能をつけ、その後社会参加、新たな羽ばたきを約束出来る会社になりつつあります。
私たちは、徐々にではありますが、強くなっています。
戦国時代から安土桃山時代にかけての山陰地方の武将、山中鹿之助が神に祈った、「天よ、我に七難八苦を与えたまえ」は、私たちのためにあるような言葉ですね。

 リーマンショック後、私たちは考えました。
どんな不況が来ても、社員のみなさんと一緒に歯を食いしばってがんばって耐え抜く会社を創りたいと。
少しずつ夢が現実に近づいています。
太陽光発電ビジネスが、少しずつ利益を生み始めました。
5~6年後は、あと10~20メガワットの発電所が動き、作業員宿舎事業を始め、収益性の高いビジネスも立ち上がります。

 アバンセライフサポート他グループ会社もほとんどが黒字化、新たなビジネスモデル創出に向け、みなさん一人ひとりがあらん限りの力を出してがんばっていただける投資余力も出てきました。
もっと広い世界でみなさんに活躍していただきたい。
そして、誇りの持てる人生を描いてほしい。
私たちは、そんな場をみなさんに提供し続けていきます。

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