社長のつぶやき

2014/08/01

『今月の一言』(2014/08/01)

 7月24日付の朝日新聞に、東北芸術工科大学准教授の女性民族学者が大学を辞め、デイサービスの介護職員として働いているという記事がありました。
「大学では雑務も多く、体調を崩し、いったん大学を離れようと決めた。実家に戻って3ヵ月後、失業保険の手続きでハローワークに行ったら、ヘルパーの講習会があるよと窓口で勧められ、その一言が介護業界に入るきっかけになった。」と述べています。

 女性はこれが出来るのですよね。
男性のほとんどは、この発想や行動は出来ない。
男性は、経歴、経験、立場を引きずり、環境が変わり新たな職能が期待されても、自らを新たな環境に適応させることに抵抗する、もしくはついていけない人が多い。
女性は、大病院の総婦長をしていた人でも、共感できれば開業医のパートとして勤めることに躊躇することはない。
簡単に経歴のアカが落とせ、適応していく。
子どもを産み育てるという人生の一大リスクを乗り越え、歴史を繋ぐという大事業を成し遂げる人には、その位の適応力を神様は与えてくれているのでしょう。

 一方、男性はというと、先日出席したある経営者団体の会議で、委員長から「創業支援は同業者が増えることで過当競争になり、互いに疲弊するだけだ」という発言があり驚きました。
創業支援は新たなマーケットの創造で、同業者間の看板の掛け替えではないことを理解していらっしゃらなかった。
土地の価格が高すぎるから企業誘致が進まないとの話にも、地主である委員長は「土地の価格は上がってくれないと困る」と言い、土地は所有していることより利用して生む価値が土地の値段であるグローバル資本主義と相いれない理論が展開します。
この方だけではなく、一般的に男性は順応力が弱いように感じます。

 反対に女性は、過剰適応の不幸が目につきます。
私は貧困者の相談事業を10年以上していますが、生活保護制度の時代感覚のズレたるやあきれるほどです。
ぐうたら亭主が納得して判子を押さないと離婚も出来ない。したがって、生活保護も受けられない。仮に生活保護を受給できたとしても、日本の保護制度は家族支援が基本。
アルコール中毒のどうしようもない父親だとしても、彼が家長で印鑑を持っている。
妻や子どもは未来を考え、人生設計をしようとしても、酒飲みで仕事のない父親が財布を握っているケースもあります。
日本の保護政策に個別支援はないので、最後は奥さんと子どもは逃げるしか方法がなくなる。
奥さんは、お上に過剰とも思えるほど服従し、ただただ耐え忍び、時が過ぎるのを待ちます。

 保護行政は制度の中にあるものを当てはめるだけで、制度が無ければ見て見ぬふり、そして我々支援者に流し込み、支援者は制度外サービス(一時保護、フードバンク等)でつぎはぎ対応、我々も同じく時が過ぎるのを待つこととなります。

 戦後家族制度が崩れ、家族の在り方も変わり、弧族の世界まで出現した現在、女性も過剰適応して制度を無理やり当てはめ耐えるのではなく、皆が幸せになるための住民主体の制度を住民の意思で創り上げる考えが必要になります。
何に困っているのか、どんな人生を創り上げたいのかは、市民が最もよく分かっているのだから。
そして、あまりに偏った男女の権利バランスの再調整、男女の特性を生かした支え合い社会、男女共同参画社会を考えさせられた新聞記事でした。

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