社長のつぶやき

2013/07/03

『今月の一言』(2013/07/03)

 日系人に働いているかどうかを聞くと、「アルバイトをしている」と答える人が多い。
以前だと、「○○会社で働いている」と答えたのに、この4年余りで一気に雇用の底が浅くなったことを実感します。
働いても働いてもギリギリの生活を強いられ現状で精一杯、病気等アクシデントがあれば家族は崩壊、日系人家族は薄氷を踏むような不安定な生活基盤で毎日を過ごしています。

 以前面接した日系人男性は32歳で、16歳の時に来日、ブラジルでもあまり教育を受けていない様子でした。
これからどうするのか聞いても、キョトンとしています。
生活保護を受給している人に職業訓練を勧めても、「もらえるお金が変わらないなら生活保護でいい」と言います。
何かが違ってきている。
あくせく頑張っても自分たちに将来はないと思い、働くことが段々と苦しく感じるようになる。
彼らではなく、我々日本人の心の奥底に彼らを受入れない何かがあり、それを彼らが感じ取って心が冷えていったのかもしれません。

 急速に労働市場が冷えているのは、実業で働いている人であれば誰でも分かっています。
日本の一部上場企業の製造コストに占める人件費の割合は、2010年は約10.8%、その10年前は約13.4%。
さらに合理化が進んだ時、世界のどこで作ってもほとんどコストは変わらなくなります。
若年層の厚い、消費力が成長している途上国の方がよほど面白い。
超高齢化社会を迎えた日本で作るメリットはどこにもありません。

 企業の競争力強化と働く人の幸せを考えると、流動性を担保する労働者派遣法と労働契約法は、セーフティネットとしての折り合いをつけるツールで、議論は避けて通れるものではないが、周辺労働に従事する日系人に対する配慮は、労働者派遣法と労働契約法にはありません。
正規雇用の可能性のない人に派遣労働は好ましくない働き方だと言って、何の解決になるのでしょうか。
存在を否定された人たちはどんな生き方を目指せばよいのでしょうか。

 日系人対象の派遣業界は、ある意味役割を終えつつあるでしょう。
しかし、世界標準のコストカット競争は、とどまるところを知りません。
どこかで流動性を担保し、総額人件費をコントロールすることは必要です。
リスクのみを押し付けたコミュニティですが、80年代半ばのプラザ合意、90年のバブル崩壊、2000年のITバブル、そして2008年のリーマンショックにかけての20数年、日本という国を支えてくれた日系人社会、ある意味大功労者でもある日系人を日本社会が手厚く遇することは、外国人政策の転換期を迎えた日本において、留学生30万人計画、EPAで来日する看護・介護人材・技術人材・金融・サービス人材等、次世代高度外国人のみなさんにとっても、安心感や日本に対する信頼感・忠誠心、そしてよりレベルの高い人材の受入れにつながります。

 外国人からは、日本社会は二つあるように見えています。
一方は、高技能・高スキルで一定のモチベーションがあり社会をリードする人たち、もう一方が、夢も希望もスキルもなく、社会にも疎外感を持っている人たち。
真ん中がなくなった社会は、奈落の底に落ちる不安がいつも心の奥底にあり、生活していても毎日不安な思いをどこかに持っています。
気持ちが折れ、精神を病んだ人が日系社会に続出、結果的に税金で生きる世代を育てることになります。

 弱くされたコミュニティに今後望まれる雇用は、利益は数%以内で、その利益も剰余金的な処理をし、経営のリスクマネジメントではなく働く人のリスクマネジメントと考える財団法人や社会福祉法人のような透明性・納得性の高いソーシャルビジネス、人本主義的な経営スタイルなのかもしれません。

 当社は、日系人が育てた会社であることを念頭に置き、公を目指した新たな企業・団体に提供し、雇用を共有化、使用関係を分離した職業訓練主体の企業・団体を新たに実証実験、株主資本主義ではない「生きる幸せ」を価値基準の中核に置くセーフティネットがミッションの企業を目指せないかと考えています。
周辺労働者として追いやられた日系人を真ん中に呼び寄せ、(今は何を言っても「日本人でも大変なのだから」で済まされているが)一緒に未来を語り合う日本社会のパートナーとして、新たな関係を模索できたらと考えています。

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