2011/11/02
『今月の一言』(2011/11/02)
財団法人海外日系協会主催の第52回海外日系人大会が、10月26日から28日の3日間、東京で開催され、私も27日出席いたしました。朝9時半から午後4時15分まで、新宿区市谷のJICA研究所で分科会が3つあり、その後、場所を千代田区永田町の憲政記念館に変えて外務省主催のパーティーが行われ、24ヶ国180名が参加しました。
分科会は興味深いテーマばかりで、私は午前中に「日本・特に地方社会と日系社会」、午後から「日系ユース」、午後3時近くのコーヒーブレイク後、「在日日系人」部会に入りました。
「在日日系人」部会は、サンパウロ大学教授二宮正人先生がコーディネート、日本に住む日系人代表者、ブラジル文化協会、サンパウロ日伯援護協会の重鎮の方々、そして、前文化協会会長でサンパウロ大学名誉教授の上原先生、まさに日系人社会を代表する方々が議論に参加しておられました。
日本に住む日系人の人たちが日本の差別的待遇に触れると、上原氏をはじめ自分たち日系人がブラジルで学者や弁護士として差別に負けずいかにして成功したかを述べられました。
ブラジル政府の支援の少なさに触れても、自分たちブラジル移民者も日本政府からの支援は無かったと言い、国籍付与の問題も、国籍付与は憲法上の問題であり、変更不可能で議論にもならないと切り捨てました。
日本に住む日系人と、ブラジルに住む日系人。同じ議論をしているはずなのに、全く噛み合わない平行線......。
ブラジル移民100周年の時、日本政府は「移民100周年」とは言わず、「交流100周年」としていました。
県営住宅の入居申込みに日本語の上手な夫が行くとOK、日本語の下手な妻が行くとダメだと言われるケースが実際にあります。
ある県では、県営住宅を日本語の読み書きが出来ない外国人に貸さなくて良いという通達を出しています。
健康保険も、日系人は国保はダメ、社保に入りなさいと言う一方、日本人の青年には言わないというケースがあります。
生活保護申請は住居のあることが前提ですが、日本人の保証人を大家さんから要求されたり、手術をするにも、老人ホームに入るにも、日本人の身元引受人を要求されることがよくあります。
この重苦しさが嫌で、雇用可能性の高い優秀な若者は帰国していきます。
確かに、ブラジルにも差別はあります。
多民族国家だけあって、差別は日本より多いかもしれませんが、差別している人、される人共に差別を認識しています。
そして、法律も機能しており、訴えることもでき、多民族国家ゆえの人権を守る仕組みがほぼ出来上がっています。
日本に住む日系人は、ガラスの天井の重苦しさに心が折れつつあります。法律論で片付けられ、ルール上は問題ないとされていますが、問題はマナーにあります。
なぜ、日系人の多くが派遣会社に集まるのか。
本当に派遣会社が囲い込んでいるのか。社会が派遣会社に押し込んでいるのか。
なぜ、日系人の多くがUR等集住団地に住むのか。彼らが選んでURに住むのか。
一般住宅から閉め出され、やむなく制限の緩いURに流し込まれたのか。
この違和感を問題にしているのに、日系人代表であるべき人が、法律上は問題ないと言います。
体制の保護の中に居て、違和感を覚えることのないブラジルに住む日系人代表と、体制に組み込まれることなく未来を描けず日本に住む日系人代表が噛み合うはずもありません。
残念なのは、過去しか語れない日系人と、現在を語る日系人が居て、日本の政府・行政は過去のみを語る日系人を圧倒的に信頼していることで、日系人政策を始めとした多くの多文化政策が消化不良に終わったのは、そこにあったのでしょう。

